一眼”レフ”がデジタル化しても国内メーカで占めてこられた理由

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iPhone、ギャラクシー vs 日本カメラ
アップル、サムスンがぶち壊す業界構造
(Diamond)で下記のようなコメントがあります.

・カメラは日本製造業の“最後の砦”と言っていいかもしれません。
・日本のブランドが世界シェア上位を獲得できる分野は、年々減っています。液晶テレビ、半導体、スマートフォン……。本来なら、モノ作り大国ニッポンが、得意とすべき分野で惨敗を続け、アップルやサムスンの存在感は強まるばかりです。
・フィルムカメラではキャノン,ニコンの牙城を崩せないが,デジタル時代になれば競争環境が変わる.アナログ部分こそ製造困難だった.
・技術ではなく価格だけが勝負を決する分野では,物量と広告宣伝を投入する海外勢が強い.家電や液晶パネルはまさしく,その構図で日本は完敗してしまった.家電の二の舞必死,スマホが破壊する日本のカメラ市場.
・"最近の写真がない",デジカメが急速に普及した2000年以降,写真をプリントして楽しむ人が激減したからだ.


デジタル一眼レフがフィルムの部分を置き換えることで自己主張の場がほしい,今を楽しくするためにほしいモノを金で買って飽きれば捨てればいい安ければいいユーザをターゲットにして,他の家電製品がデジタル化でたどった道と全く同じことが起こしてきたことは2006年にすでに予測した通りとなった.またこの中で,引用の写真文化と言う観点でも予測していた.しかしカメラがデジタル化するならデジタルだから出来ることとして連写男で技術的可能性も述べた.例えば多くの一般ユーザが使うフィルム時代の"バカチョン"カメラはレンジファインダーという構造上ピントや露出があっている場所が分からないため,同時プリントに出すと無駄なコマがプリントされて帰ってくると言うことが一つの不満点だった.デジカメ時代の"バカチョン"カメラは見ながら撮影できるようになったためこのようなコマが発生する確率が大幅に減ったり,パトローネの装着スペースが不要になったため大幅に小型化できるようになった.一方デジタル一眼レフについては,フィルム時代と変わった点がほとんどない.それどころかデジタル製品のメリットである補正や高集積化による小型化とは逆のCMOSの大型化を礼賛する風潮すらある.産業文化については,引用でも日本産業の砦として触れている自動車産業も同じであることもモーターショーで予測している.別の見方をすればそれを無視してデジタルデジタル言っているユーザは売国行動を推進しているだけある.一眼レフカメラが他のデジタル家電製品ともっとも異なるのは,引用にも書かれているレフレックスというアナログ機構が残ることのほか,レンズシステムのマウントというデジタル製品ではオープン化されてしかるべき機構が残っていることである.なぜオープン化されずに残ったかと言えば,カメラ(一眼レフ)産業がもともと産業規模として大きすぎず小さすぎずだったことが一種参入障壁となっていたことである.レンズシステムは一本一本は本体より出荷台数が少ないのに,それをシステムとしてそろえないと訴求点が低下するというジレンマ要素を持っている.つまりマウントがオープン化されればカメラ本体だけを揃えればすむのである.ミラーレスについてはカメラが真にデジタル化する上で進むべき方向性であることは諸行無常の響き有りでも予測したとおりである.しかしデジタルになって階調表現が乏しくなり,液晶モニタで見る分には十分でも,印刷を最終仕上げにした場合に20年前のフィルム時代の写真集にも劣るのは正常な目の持ち主なら気づいているはずである.

カメラがデジタル化することで,産業的凋落のほか,インフラの凋落も懸念される.デジタル的セルフサービス化による自分の住む町でフィルムの現像が依頼できたというような先進国になることで営々と築き上げたインフラと,フィルムを買って現像するということで回り続ける雇用を手放そうとしている.先進国にならなければ作ることの出来なかった品質や安全といった工業製品やインフラや雇用といった生活レベルを,賃金を含め後進国のレベルに自ら落ちていこうとするコスト重視なデジタル化がもたらしていることにまで発想が至らない一人一人貧困のグローバル化の犠牲者になっていくのだろう.



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