正常性バイアス2015

軍事的な「天才」、勝負師の条件(日経BIZ)

・直感を磨くのに必要なことは、現場のど真ん中で、ひたすら揉まれ、考え、感じること。いくら優秀な人材がデジタル的な知識を詰め込み、ケーススタディを学び、現場の人に何人も取材したとしても、身にならない面が残るのだ。
・アナログな感性を身につける基本としては、まず、
実践や現場に長く揉まれる経験を持って、勘の母体とすること
これは職人が、技術の習得のために長年修練を積むのとまったく同じ理屈だ。さらに、
「幅広い教養を学んで、多面的な視点やバランスの良さを身につけること」
が必須になってくる。もちろんこの2つを兼ね備えることは、容易ではない。しかし、その困難を乗り越えた者こそ、各ジャンルで「名人」や「達人」と呼ばれていくわけだ。
・情報をとったり、そこから正確な判断を下すために心がけているのは、まず気持ちの余裕。焦りが出ると、物事を正しく見ることができなくなります。
 それと、できないことはできないとする、良い意味でのニヒリズムや、諦観、一種の開き直りのようなものも必要ですね。つまり、自分を客観視するということ。私は、もう1人の自分が自分を見ているという感覚を持つようにしています。


「美しい国だワクチン」を接種された日本人(日経BP)

・そう、「あるわけがない」という思い込み。たとえ見ていたとしても、頭の中でフォトショップを働かせて、そこだけ消し去っているんですよ。僕が『ニッポン景観論』を書いた動機のひとつが、その「意識」に対するものですね。みんな「日本は美しい」という意識を頭の中に持っていて、現実を見ようとしていないんです。景観がヘンになっていることに気付いてない。
・目から鱗が落ちた後は、少しは問題意識を持つかもしれませんが、それまでは「日本は美しい国なんだから」と本当に信じていたんですよ。その意識はワクチンみたいなもので、「日本は美しい国だワクチン」を接種されているから、どんなにひどい景観を見ても、感じなくなっている。
・あの国では、国が決めたことについて、賛成反対を国民が表明することはできないんです。その点、日本は一応民主主義で、手を挙げられるし、何でも言えるじゃないですか。
・プアな国はお金が付くと、まず山をしゃーっと平らにして、道路を作りましょう、ということになる。それが経済発展、文明発展だと思ってしまうんですね。
・お金のある国は、その段階からちゃんと卒業していったわけですよ。日本はこれだけお金持ちになっても、まだスピリットは途上国のまま。


相次ぐ不祥事、日本企業はいつから「真面目で誠実」をヤメたのか~この社会が変質した本当の理由(現代ビジネス)

・仕事に対するプライドを喪失した。それこそがデタラメ仕事が起きる根本的な原因である。信頼性が傷ついたのは、その結果だ。そうだとすれば、信頼を取り戻すためには、仕事へのプライド復活をなにより優先しなければならない。
・なぜならプライドとは、自分に対する尊厳であるからだ。プライドを守るのも傷つけるのも自分自身である。仕事ぶりをチェックしてくれる他人に任せておけばすむような話ではない。
・かつて「武士は食わねど高楊枝」という言葉があった。いま、そんな台詞はほとんど聞かれなくなったが、高楊枝の精神性を受け継いだ日本人はどう尊厳を保ったのか。それは厳しい自己規律だった。


「中国崩壊」論は、単なる願望にすぎない(東洋経済)

・平和を維持するためには、国際情勢を冷静に分析することが重要である。「中国崩壊」と題した本や雑誌は、まさに、国民の願望をあおる形で戦前と同じような状況を作り出してしているのではないか。
その結果、日本は正しい方向に舵をとることができなくなってしまった。ただ、それは日中戦争の再来を意味するわけではない。歴史はらせん型に繰り返す。もう一度、同じことを繰り返すわけではない。今度の戦争は武器を使った熱い戦争ではない。経済戦争であり、貿易戦争である。
冷静に分析すれば、過去10年間、日本は中国との貿易戦争にぼろ負けしている。「えー、あのすぐ壊れる粗悪品を作っている中国に負けているの!」。多くの人が、そう思うだろう。だが、実際に負けている。その事実を知らないのは、マスコミが正しい情報を伝えてこなかったためだ。
・アベノミクスの大胆な金融緩和によって、円はドルに対して大幅に安くなっている。一時は1ドル=76円にまでなったが、現在は120円程度になっている。しかし、それでも輸出が思ったように増えない。その最大の原因は、世界中で中国の製品と競合して、競り負けているためである。
為替を大幅に下落させても勝てない。この事実は重い。それは円安がこれからも続く保証はないからである。現在、海外旅行をすると、海外の物価を高く感じる。日本の実力を考えれば、円は不当に安くなっている。日銀の超金融緩和政策によって、円が過度に安くなっていると考えても間違いではないだろう。そうであるなら、数年のオーダーで見れば、1ドル=80円程度の円高が再来してもおかしくない。
だが、1ドル=80円時代が再来すると、日本の輸出産業は絶滅するかもしれない。われわれは恐ろしい時代を生きている。しかし、マスコミはその事実を知らせることなく、中国が崩壊するなどといった無責任な情報を垂れ流している。そして、多くの人は心地よい情報を喜んで受け入れている。
心地よい情報だけ聞いていては判断を誤る。それは歴史が証明するところである。相手をよく見て冷静に分析することは、何も難しいことではない。食料、エネルギー、貿易、不動産価格など多方面にわたるデータを集めて、総合的に考えてみることだ。その際には、自分の願望を分析に入れ込んではいけない。


過剰な「外注開発」が日本車の品質低下を加速させている~失われていく「良いクルマ」を生み出す土壌(JBPress)

・今、日本の自動車メーカーが送り出す製品の資質低下は、基礎技術開発の停滞、設計品質の劣化、さらに走行試験と改良を重ねたところに生まれる“動質”のつくり込み不足が重なり合ったところに起きているものだ。走らせて動質を体感し、そこに現れるものを生む技術要素を追ってゆけば、具体的な問題点はもちろん、ものづくりに取り組む組織の弱点も浮かび上がってくる。そして今、自動車に象徴される日本のものづくり産業が世界の後塵を排する危機に陥っているのは、実は個々の開発現場に起因する問題ではない。これは「ものづくり組織」を運営する「経営」の問題である。


競争がガキとジジイしかいない国を生んだ(東洋経済)

・彼らが今の30代よりもずっと大人に見えるのは、顔の造作の問題というより、写真を撮られるときの緊張感の問題ですよね。「写真に撮られるときには、大人としての表情をたたえておかなければいけない」という意志が働いているからこそ、そういう表情の写真が残っているわけです。
そういう意味では、「大人」というのは、人格というよりも「役割意識」に近いものだったんじゃないでしょうか。
・「学者は現実的な提案を何もしない。机上の空論ばかり言っていて役に立たない」という批判は、それだけ見れば「おっしゃるとおり」なんですよ。実際、学者というのは現実的には「役立たず」であることが多いから。でも、そもそも社会的に「役立たず」である学者という存在を許容しているからこそ、長期的に見たときに社会は安定する、ということもある。
・橋下さんって、議論ではほとんど無敵なんだけど、なぜ無敵かといえば理由は簡単で、まったく人の話を聞かないからですよね。彼にはいくつか、「既得権益をぶっ壊せ」「役人が諸悪の根源である」といった主張があるけど、彼の議論ってそれらを繰り返し主張するだけなんです。
それに対して何か言う人がいても、「俺の意見に反対なら対案を出せ」といった、いくつか持っている必殺の「切り返しフレーズ」を連呼するだけ。相手の立ち位置とか言い分をしょうしゃくするということなく、ただただ自分が持っている最強の武器で切りかかっていく。これは議論においては、最強といっていいぐらいの戦略です。だから、これまで彼と論戦になった「大人」はボロボロに負けちゃうしかなかった。
・そうやって「大人」を駆逐して、「ガキ」と「ジジイ」しかいない社会を作ってきた結果いま何が起こっているか。ひとつは、「責任を取る人」が誰もいなくなった、ということだと思うんです。政治もそうだけど、世の中のニュースを見ていると、とにかく平気でとんでもない嘘をついて、その責任を取らない人が増えているじゃないですか。それは結局、この社会から「大人」がいなくなったことによって引き起こされた問題だと思うんです。


そして日本からオトナがいなくなった(東洋経済)

・ところで、そもそもいま我々が話しているような「大人がいなくなった」という問題に対して、「なぜ大人がいないといけないんだ。そんなのいなくていいじゃないか」と考える人もいると思うんです。でも、僕はまさにそのことを問題にしているんですね。社会の中で「大人にならなければいけない」「社会には大人が必要だ」という意識が希薄になってきていることが、非常に厄介な問題を生みつつあると思うんです。
・いちばん大きいのは、僕らは家父長制的な、縦社会の圧迫を受けてきた経験を持っていますが、今の40代より下の世代だと、そういう縦社会の理不尽な圧制をあまり受けずに育って来たんじゃないか、ということです。
実は、そういう人が中核を占めるような社会で何が起きるのか、ということは歴史上例がないわけで、いわば社会実験をやっているような状況にある、といってもいいと思うんです。
・もちろん、現実の「任侠」って呼ばれていたヤクザ者が、映画に描かれているような立派な人たちだったかというと大いに疑問符はつくんですよ。でも、『昭和残侠伝』というのは、昔ながらの任侠と、新たに進出してきた愚連隊の対決という構図を通して、戦中派の人々が、戦後の日本社会の中で生きる日々の中で、痛切に感じていた「失われつつあるのだけれど、決して失われてはならないもの」を必死に描こうとしているんです


欧米に洗脳された日本の経営者(日経BP)

・メディアも悪い。ここのところ、ROE(自己資本利益率)の高い会社をもてはやす傾向にある。過去には、ROI(投下資本利益率)、ROA(総資産利益率)にEPS(1株当たり利益)…。その時々で様々な指標を持ち上げてきた。これらの指標は、時代とともに移り変わる女性のスカート丈と一緒。あくまで「流行」にすぎない。
・日本の国としてのクオリティーは、グローバルの視点から見ても非常に高い水準にある。何も、欧米諸国の考え方をそのまま受け入れる必要などない。日本は日本独自の発想で、経済を動かしていけばいいのだ


富士フイルム、卓越した経営 古びた「当たり前」を愚直に実行、主力事業消滅の危機を克服(BizJournal)

・カラー写真フィルムに世代交代すると、それらの会社の多くは淘汰された。そして残った主なカラー写真フィルムメーカーは、米国コダック、独アグファ、コニカ、そして富士フイルムの4社だけだった。その理由は、白黒フィルムの製造技術の延長ではカラー写真フィルムを製造できなかったからだ。三原色の微妙なバランスにより天然色を再現するカラー写真フィルムを製造するには、極めて高度な基盤技術が必要とされたのである。
・一見「コア技術」(=強み)と思われがちな写真フィルム技術は、実は「コア技術」ではなく「製品技術」であることがわかる。カラー写真フィルムを製造していたメーカーは、実は高度な基盤技術の集合体である写真フィルム技術を生み出すために、自分たち自身も十分に意識していなかった技術上の強みを持っていたのである。米国コダックが倒産したのは、その強みを生かして新規事業を立ち上げることができなかったからだ
・実はコダックは、1988年に巨額を投じて製薬会社を買収するなど、むしろ富士フイルムよりも先手を打って様々な多角化事業を積極的に進めてきた。しかし当時は本業の写真フィルム事業が好調だったこともあり、富士フイルムと比較して多角化意欲が薄かった面は否定できない。事実、1988年に買収した製薬会社も1994年に売却している。タイミングの違いはあるものの、両社の危機感の差からわれわれが学べるところは大きい。


日本経済の真の課題(newsweek)

・あるいは、もう少し同情的に言えば、潜在成長率が落ちているという事実を認めたくなくて、無理矢理足元のGDP増加率を上げることで、何か勢いで流れが変わるようなことを祈って、あるいは呪文を唱えてきたのかもしれない
・人々は潜在成長率の低下に目をつぶり、あるいは呪文により目をそらされ、せっせと目の前の需要、株価高騰による消費バブル需要、住宅投資前倒しによる一時的な需要、極端な円安による観光、お土産、海外投資家、消費者の需要を取り込むことに必至になり、熱狂し、それにより、ただでさえ、人口減少、労働力減少により、生産力が落ちてきており、それは将来的にさらに深刻になるにもかかわらず、将来への人への投資を怠り、そのエネルギーを目先の需要獲得に浪費してしまったのである。
・さらに悪いことに、円安が進行したが、これは目先の観光、海外消費者の需要を生み出すだけで、日本のモノをドルベースでは40%の大安売りをして、バーゲンセールを行ったことにより生まれたモノであり、40%バーゲンは我々の不動産などの資産についても同時に起こっており、長期的には、海外の資源や企業や資産を買う力を40%削減したことになる。


なぜ日本人は二者択一のとき「思考停止」するのか(President)

・かつて集団に埋没していた日本人はいまやインターネットに埋没しがちである。手段を手段として自律的に扱うことが苦手なので、便利な道具に飛びつき、それに流されてしまう
・日本人の美意識、あるいは長所ともされたあいまいなものをあいまいなままに受け入れ、それを大事にするといった心情は、ITとはもともと相性が悪い。ITを利用しながらそれを生かしていくといった方向はあり得るわけだけれど、実際には、ITによって日本人の長所は急速に失われ、短所というか欠陥は逆に肥大化している。


日本人の生活は、ますます苦しくなっている(東洋経済)

・企業の経営者に限らず、リーダーと呼ばれる人にとって、最も求められる資質のひとつに、自分にとって耳が痛いことにもしっかりと耳を傾けるというものがあります。


2015年ものづくり白書(経産省)
2015monodukuri.jpg

「策略的競争戦略」なき電機業界の崩壊~シャープはなぜ脱落したのか(Nikkeibp)

・電機各社が赤字企業ランキングの常連に
・日本の電機は何故、エレクトロニクスで負け続けたのか
・完全情報の下では「完全競争が現出し、超過利潤が消える」
・アナログ時代と異なり、情報がデジタル化されている現代ではソフトをコピーしても劣化することはない。シャープが部品やソフトを一部外注すれば、外注先から技術がデジタル的にコピーされて広がっていく。
・情報端末がどんどん進化して、文書だけでなく音楽や映像もやり取りできるようになり、本や時計を持ち歩く必要がなくなった。固定電話機やオーディオ、カメラやゲーム機もいらなくなった。スマホさえあればテレビもラジオも、ナビや辞書すらも必要なくなった。これらはすべてスマホのアイコンにされてしまった。一体、カメラ業界や音楽業界、ゲーム業界…etcはどう線引きしたらいいのだろう
・電機業界は「重厚長大複雑業界」で勝負すべき
・例えばインフラ事業は「長期間かかるスローなビジネス」であり、「顧客と粘り強くコラボしながら進める開発プロセス」が必要で、「夥しい数の下請け企業を巻き込みコンセンサス型でリードしていく事業」であり、「売った後もメンテなどで顧客と長い付き合いとなる事業」である。日本人は「コツコツ努力」、「策略ではなく誠実さ」、「長い付き合い」、「顧客や下請けを含めてチームワーク」などが得意で、この体質にマッチするのがインフラ事業であり、日本企業が成功している事業なのだ。


トヨタの戦略は正解なのか――今改めて80年代バブル&パイクカーを振り返る(bizmakoto)

・モジュール化は確かに合理的だ。しかし事前に長期計画を策定し、その計画に沿ってクルマ作りに臨むということは、かつて計画経済が陥ったのと同じ落とし穴の危険があることは容易に想像できる。部分か全体かという差はあれど、最適化とは多様性の喪失だ。それが進化の袋小路への片道切符になってしまう可能性は常にある。
・従来のクルマと明確に一線を引いていたのは、エンジニアリング的論理性を無視した点にあった。今の言葉で言えば、商品企画の暴走である。「これが流行っている。売れるから出せ」。技術と商品企画の正しい綱引きをスキップしている点で、少なくとも長期計画に取り入れるような知性に基づく商品ではない。
・そういう時代に、ある種の「バカなお遊び」としてパイクカーは生まれ、「軽チャー」な時代背景の中で刹那のヒットとなり、遊びとして消えていくはずの企画だったのである。まさかそれが新しいデザインジャンルを生むとは誰も思ってはいなかったはずだ。


外国人が日本ホメる番組や書籍 頭をなでられ喜ぶ子供のよう(Postseven)

・日本人はいま、本当は世界から無視されている現状を見ようとせず、まるで「おとぎの国」にいるようなフリをして自己陶酔に陥っている。外国に行くと、日本が見えなくなる。だが、日本もまた世界を見ようとしないのだ。


未曽有の人口減少がもたらす経済、年金、財政、インフラの「Xデー」(Diamond)

・経済の縮小が経済の「衰退」にまで発展してしまう理由は、日本企業のビジネスモデルの後進性にあります。他の先進国と異なり、量産効果による価格の安さこそが、日本製品の競争力の根源です。しかしマイナス成長となり、生産規模が縮小すれば、量産効果が逆に働き、価格は上昇せざるを得ません。競争力の大幅な低下から、国際収支が赤字に転落し、需要抑制政策や円安・原料不足による生産の低迷で、経済は衰退の一途を辿るといったリスクが考えられます。そうなると、先ほどの将来予測も大きく下振れすることになります。
 すなわち、リスクをもたらしているのは労働者の減少や経済の縮小それ自体ではなく、日本のビジネスモデルの後進性です。他の先進国なら、もし日本のような労働者の減少に見舞われて経済が縮小しても、衰退にまでは至らないでしょう。人口減少下の経済のあり方を考えるとき忘れてはならない視点です。
・経済が縮小するのだから、インフラの維持・更新に回せるお金も減少することになりますが、それだけでなく急速な高齢化で貯蓄率も大幅に低下します。自宅の建設の場合と同様に、インフラの整備や維持更新には年間収入であるGDPから消費を差し引いた残り、つまり貯蓄が必要なのだから、貯蓄率が低下すれば、インフラの維持更新に回せるお金は経済の縮小以上に小さくなります。


「100年に1度、人間も社会も劣化する」(東洋経済)

・戦争という破壊を伴っていないために、余剰生産能力を抱えた状況で21世紀に入ってきたわけです。それを解決するために、アメリカはグローバリゼーションと称し、国境を越えて労働力の安いところに製造能力を移転し、アメリカの資本主義ルールを浸透させつつ、相対的優位を確保しようとした。結果として世界各地が産業化したが、供給過剰のデフレ傾向は却って強まってしまった。また、製造業の移転を補うほど、インターネットなどの技術による雇用や市場は大きくもなかった。


「日本の企業だからこそ」の構造的競争優位性を求めて(日経BIZ)

(1)短期的利益に振り回されない長期的な視点からの経営戦略が可能になる。

(2)「暗黙知」に代表されるような組織スキルや強い企業ロイヤリティーという組織的資産が社内に蓄積される。

(3)身分や待遇のセキュアベースが保証されているからこそ、従業員はスタンドプレーや組織的策略に走ることなく実質的業務に専心できる。

・90年代に入ると、東西冷戦の終結と世界的に広がった規制緩和の波によってグローバル市場が出現し、世界市場への迅速な展開と資本集約的戦略手法が勝敗を決するようになる。こうした中では、カネよりもヒトを重視し、長期的コミットメント関係の中で価値観と行動様式と固有の暗黙知を共有した者による組織でなければ発揮できない日本的経営の強みは機能しない。
・それまでの主力産業は、重厚長大という言葉に象徴されるように、大がかりな設備と多くの従業員を動員することによって製品を作り出す製造業であった。製造業においては、製造プロセスのみならず新製品の改良・開発機能まで含めて日本的経営の強みがいかんなく発揮されていたのに対し、IT産業のソフト開発や高度なファイナンシャルテクノロジーを駆使した金融業では、集団の力よりも個人のインテリジェンスやクリエイティビティーが鍵となる。
・日本の企業が「日本人が生きて働くところ」であったのに対し、米国企業は「カネを増殖させるための機関/システム」であった。日本的経営において「企業は従業員のもの」であったが、米国では「企業は株主のもの」という理解がその象徴である。


理念なきモノづくりは凶器と化す 人類の幸福に貢献する「日の丸製造業の使命」(Diamond)

・それは日本の製造業の関係者全てが、自分たちが戦う市場で勝つことばかりに腐心するのではなく、日本という国を発展させ、さらに世界をリードする原動力となるためにはどうしたらいいのかという意識を、持たなくてはならないということだ。
・製造業にとって、伝統工芸は出自が同じだけではなく、ブランディングの一環として見ればパートナーでもあるのだ。「技能」と寄り添うようにして成長を続けてきた製造業。その「技能」や「技術」を伝承し続けてきたからこそ、事業運営を続けられている。社会には受け継ぎ続けるべき「技能」や「技術」が多数存在する。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック