Point of no return~いま本当のことについてしっかり考える

ほぼ7年ぶりに引用でないコメントを記載することにしました.元号が変わった今年、この30年の総括的な記事が多くみられ、ようやくここで述べてきたグローバル/デジタル化の負の側面が述べられる機会が増えてきたためです(例えば①「日本は貧乏」説に「でも日本は住みやすいし楽しいから充分」と反論するのはもうやめないとオレら後進国まっしぐらだぞ、②私たち日本人は、着実に貧しくなってきている、③冬のボーナス「過去最高」でも、衰退途上国・日本の未来はヤバい理由).ただ、震災という体験を伴うような事変でも変わらないどころか、むしろますます俺ってスゲーという中二病が強くなるのを見てきていますし、何よりpoint of returnをとっくに過ぎてしまったので、このまま堕ちていくしかないのでしょう.

90年代初頭までは先進国と途上国には生活レベルに線引きがあった。これは通貨価値の時差を使った、途上国から収奪することによるエコシステムであった。これにより先進国と途上国の市場は事実上分断して、先進国の投資先は国内の地方都市に向かい、先進国にならないと物質にあふれた生活は得られなかった。一方で先進国の仲間入りする国が増えないことによる市場飽和感を解消するべくグローバル化と称して途上国を先進国に取り込むことをもくろみ始めた。そのためには途上国が上がってくるのを待つのではなく、先進国が途上国に降りていくことで、世界中で工業製品に満ち溢れた生活を広めることがその方向性である。その手法して途上国の生産技術で作れる製品でありながら質感を落とさない製品を普及させ、彼らの購買力で買える商品を標準化することである。具体的には大量生産が容易な樹脂成型品や、機構系を減らすこと、モジュール化によるすり合わせの低減、そしてソフトが主な制御とすることでアナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めることなく開発工数を減らすことができるようになった。この取り組みが90年代以降進められ、その解としてオープンアーキテクチャやモジュール化と相性のいいデジタル製品が最も適していることが分かってきて、2000年代に花開いた。

しかしそれがもたらしたものは、今先進国が患っている病である。電化製品はデジタル化を最も積極的に推進してきて、当初はそれがうまくいっているかに思えた。目論見通り市場が広がったからだ。グローバル化はデジタル化なくして達成しえなかったのである。しかし、病が治らないのは自らが下に降りていったために、市場規模で勝る途上国に支配権を握られてしまったためであろう。グローバル化という言葉には貧困の”という枕ことばをつけるべきである。さらにデジタル化はデバイス内部のワンチップ化どころか、ガジェットそのものもワンデバイス(多機能化)化によって、従来ならすそ野の広がりがあったはずだが、先細りを起こしている.その象徴的デバイスであるスマホは、電話機だけでなく、パソコン、デジカメ、携帯ゲーム・音楽機器などの機能を併せ持つことに代表される.それを見ていた自動車産業は今のところうまく手綱を操っているように見える。しかし、それも時間の問題であろう。デジタル化で情報がタダになってしまったがゆえに、かつてのようにノウハウをアンダーコントロールし続けるのは難しい。自動車産業のようにアナログの塊ほどかえって先進国の産業として残りえているのは、家電産業が00年代までに気付くべき事象であった。しかし、目先の市場をとること、そしてユーザは今が楽しいことに目がくらんだのだろう。いまデジタル一眼レフが同じ途をたどり始めた歴史は繰り返す

後悔後を絶たず、後悔役に立たず、後悔先に立たず

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