文化とは2

臨時夜行快速「ムーンライトながら」運転終了へ 「大垣夜行」から長い歴史
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ブルートレインに続いて夜行鈍行列車という文化もついに消えることになった.写真のような景色が繁忙期の夜行鈍行列車で見られたものです.このような猥雑な情景は文化に満たない,という捉え方もあるだろう.夜行列車にはブルートレインを頂点として,底辺を支える鈍行までのレパートリーがあり,その底辺での情景である.

文化足り得るには,それを保全する周辺技術を有する人々がいて,異なる世代に経験を共有する継続性を有し,一回り時代が経ったときに振り返って精神の涵養に正に寄与したと思えることであろう.

その観点で考えたときに移ろいなデジタル時代が生み出したものは,ネットというプラットフォームでちっちゃい自己主張をしあうカルチャーを提供しているに過ぎない.保全する側も支える側も,多様性があることでそのシステムが肉厚なものとなる.今の言葉で言えばレジリエンスが高められた状態である.つまり,カルチャーは多様性がないのでレジリエンスが低く,ブームがさればあっという間に消失してしまう.

新しい技術が生まれることで旧来の文化を失うということは繰り返してきた.それは新しく生まれるものが,前世代の文化と継続性がなく,文化と言えるほどのものでなくカルチャーに過ぎない場合,文化をひとつ失ったということになるのではないかと思われる.鉄道に関連する一度は失った文化を失うに代え難いと気づき取り戻した例は蒸気機関車の運転復活であろう.一度失ってしまうとその文化を取り巻く技術も失われ,回復するのが困難になる.それが本当にその文化を失った状態である.ならばカルチャーのほうが回復が早いのではないか,という発想が出るが,デジタル依存のカルチャーはプラットフォームが変わってしまえばやはり回復するのは困難である.むしろ,景気に例えればゆらぎに対してピーキーに追従してしまう後進国の景気と冗長(レジリエンス)のある先進国の景気に似ているのではないだろうか.日本が後進国に落ちているというのは数字だけでなく,こうした肌感覚でも感じられるのである.

文化を守るには,支える側もそれなりの覚悟が必要である.その文化の周辺技術を維持するために工数がかかっている.新しい技術はそれを省人化できることが開発目標であることが多い.しかしそれは先進国にならなければ作ることの出来なかった品質や安全といった工業製品やインフラや雇用といった生活レベルを,省人化という生産技術を失う方針のもと賃金を含め後進国のレベルに自ら落ちていくことに繋がり,そのコスト重視が貧困のグローバル化に至らしめることも気づくべきである.貧すれば鈍する文化を失うということはそういうことである.

後悔後を絶たず、後悔役に立たず、後悔先に立たず

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