次世代の雇用と,長期の競争力

エネルギーのうち電力としての利用は,基本的に右肩上がりであった.一方,景気を裏付けるGDPはデジタル革命の95年以降大きな伸びを示していない.一般に考えればGDPと発電量の間に相関があってしかるべきである.ここで電気事業連合会の公表している家庭のエネルギー消費量を見てみるとデジタル革命の95年以降はゼロ成長にも拘わらず家電照明部門だけが伸び続けている.一方,エネルギー白書では国内エネルギーの消費先として民生,運輸,産業と分類されているが,95年以降運輸,産業が横ばいになっているのに民生部門だけが伸び続けている.これらのことはデジタル革命以後産業が途上国へ移ってしまったために運輸,産業分野での伸びがなくなったのに増加し続ける発電量の行く先は,デジタル機器の普及でエネルギー利用効率が悪くなった家庭部門に起因すると言うことを示唆すると考えられる.

低炭素社会に移行することで(化石燃料や原子力の)代替エネルギー産業を育て、次世代の雇用を生み、短期ではなく長期の競争力を高めると言われている。たしかに太陽光パネルはここ数年で急激にコスト競争力を持ったが,それは中国製をはじめとする途上国からの製品が流入したからで,ライフサイクルで見たエネルギーの国産化には寄与しないし,まさに半導体が歩んだ道である安い途上国製品を世界中で普及させれば,国内産業の空洞化へつながることは経験済みのはずである.また発電機でありながら計画発電が出来ないようなものに固定買い取りを行っては国富を流出させるだけである.

かつては先進の工業製品を提供することが先進国の証であったが,デジタル産業の普及による部品のオープンアーキテクチャ化やモジュール化と相まってアナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めて初めて作れた工業製品は,デジタル製品ではそれらを省力化できるために先進国でなくてもよくなったのである.電力を安定して消費者に届けることは先進国としての立場を保つためにも守らなくてはならない.人口減少と産業の流出で総発電量は減少してもいいはずであるから,発電量の減少分を核燃料サイクルが確立できない以上原発に求めるのは仕方ないと考える.そのために電気料金の値上げが必要ならばどのユーザを我慢させるか,と言ったときに生産に直接寄与することなく,デジタル製品を多く消費だけして先進国としての立場を弱めることに寄与してきた家庭部門は電気料金の値上げさせる対象であると考える.どうしても今まで同様のエネルギーを消費したいならライフサイクルでの国内自給率(エネルギー効率)を高めるコージェネのような省エネ機器の導入を普及支援を行うべきである.



失ってわかる

 抜け始めてわかる...なんてCMが昔ありました.バイク乗りの私はまさにそれを実感しておりますw

 さて,これまでにデジタル革命以降の工業先進国における変化をソフトハード保守の観点で考察してきた.今回はインフラについて考えてみたいと思います.デジタル革命でそのあおりを食らったのがデジタル製品を作ってきた弱電関連のメーカなのはここ数年の報道を見て誰もがわかったことかと思います.一方強電系のメーカはその影響が軽微だったのも同じように報道がされております.強電,すなわちライフラインに関する業界である.

 デジタル化というのはどちらかというと,個人で出来ることは個人に,言った者勝ち,という自己責任,自己主張の世界である.品質や安全よりコスト重視である.インターネットやスマホ,デジカメはそのわかりやすい例である.セルフサービスもその一環であろう.サービスの質を落としても安い方がいい,そういう風潮である.90年代までなら耐久性,快適さ,気遣いという付加価値を付けることでコストダウン分を補って価格を維持したり,インフラや雇用を肉厚なものにしてきた.そのような改善活動が先進国の物質文明が飽和するまで成功モデルであったが,デジタル時代は帝国主義の時代に先に世界に植民地という形で兵站を広げた西洋文明にセルフサービスなデジタル化が相まって”世界に通用しない”製品となってしまった.かつてなら先進国にならなければ作ることの出来なかった工業製品と,得られなかった生活レベルが,デジタル化で産業が途上国に移るにつれ,インフラが貧弱な彼らのレベルがスタンダードになった(フィルムの現像が自分の住む町で依頼できるなんて言うのは後進国ではあり得ないインフラである).インフラだけでなく賃金も彼らのレベルに落ち着こうとしている(貧困のグローバル化).安ければいいでインフラ社会システムのレベルを削ってもまだそれを実感しなくてすむのは,それだけの貯金があったからで,メンテナンスを怠り,やせ細って貯金が底をつき始め格差社会と相まって気づいたときには取り返しのないところまできていることだろう.

アニメ、アイドル、元気な中小企業……日本は「過剰品質」で突き進め!(Diamond)

 安ければいい,セルフサービスで品質を低下させるうつろいなデジタル化の逆である,かつての過剰品質を追求してもユーザが買い求めるアナログな工業製品群に特化していかないと,この国は先進国としての立場とともに社会のモラルまで凋落してしまうのではないか危惧する.国民一人一人も武士は食わねど高楊枝の選択肢をとることが必要である.今ちょうどやっているオリンピックでも敵の有利な状況を作らせない自分に有利な状況で戦うのである.


後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず



デジャブ

恒例のものづくり白書が公開された.これを読むと2年前の経産省産業構造ビジョン~日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか~から何も変えられていない現実がわかる.概要から抜粋してみる.
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これはここで書いてきたことをまとめたのではない.経産省に選ばれし委員がまとめたものである.しかし上から

(製品のデジタル化・モジュール化の進展)
モノの対価として妥当な金を出すということ

(製造工程の付加価値の減少)
メイド・イン・ジャパンの命運(NHKスペシャル)

(デジタル化・モジュール化により,事業優位の獲得が困難に)
究極の工業製品
デジタル時代のゲームのルール

で書いてきたことをあらためて委員がまとめてくれただけで,どうしたらいいというビジョンを示せていない.”人々を不幸にし始めたグローバル化、効率と速さはもういらない”(JBPress)ではひとつの方向性を示している.文化とはで書いたのと同じ方向性である.先進国が先進国らしくノーブルオブリゲーションを持って行けばいいのだ.


後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず



ハードオフ様々11

今回はTIARAⅡを確保しました.カメラを長くやってる人ならご存じ,94年フジが当時の高級コンパクトカメラブーム(ContaxT2,Nikon28,35Tiなど)に対抗して出したカメラです.当時28mmのレンズを載せたコンパクトは高級機ですら多くなく,さらに3.5万円の価格ながらカタログが高級機並みの高価なバージョンがあったりとフジの力の入れようがわかります(もっともこのカタログはイベントなどでしか配らなかったので手にできた人はそう多くないと思います).実際その写りはテッサー構成に多いコントラストの高さの中に階調を有するというフィルムの良さを遺憾なく発揮できるカメラです.TIARAはⅠ型とⅡ型があり,Ⅱ型からインドネシアに生産移管されたようです.外観以外の変更点は電池蓋がフィルムシートで本体から外れないよう改善されたことくらいでしょうか?
 さて,確保した個体は写真のように傷が多くネジがなくなっているために裏蓋がきちんと閉まらない状態でした.TIARAはⅠ型もⅡ型も所有しており,更に部品取りの個体を有しているので,前所有者が分解した場合に予想される傷の箇所(例えばファインダー周りの化粧板)などは予想がつくので,そのようなものが確認できないことから何らかの理由でこのネジがなくなったために蓋がきちんと閉まらなくなっただけと判断し,500円のこの個体を確保しました.案の定,このネジがない状態だと蓋が閉まった状態と認識されずレンズが動作しませんでしたが,部品取りの個体からネジを分け適用したところきちんと動作するようになりました.
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持続可能な産業

持続可能,と言う言葉は最近ではエネルギーの枕詞のような感じがある.さらにはこれが再生可能な自然エネルギーと同義とすら定義されている.持続可能とはある閉じた系の中で循環が続けられることを意味する.今回は持続可能を産業の形容詞として考えてみた.

デジタル化に伴う産業構造の変化について,ハードソフトと述べたので,今回はメンテナンスについて考えてみる.産業が持続的に回り続ける構造として購入後にも何らかの金と物が回り続ける構造がある.金だけでなく"モノ"が回ると言うことはそこにその設備という産業が生まれるので雇用への効果が大きい.身近なところだと,音楽ならばCDという円盤や,写真であればフィルムとその現像であったり,車なら車検である.業務用途だとコピー機や空調の保守点検がこれに当たる.業務用空調機は赤字で売ってメンテナンスで儲けると云うビジネスモデルを構築した.このうち前の二つはデジタル化でその産業が大幅に縮小した例である.デジタル産業化で,完結型の商品が増えたために産業の裾野が小さくなったり,さらにはハードの製造も生産技術への要求の低下で国外へ出て行ってしまった.かつて工場があったところがショッピングモールや高層マンションになっている.そこにあった雇用はどこに行ったのだろう.そこにあった雇用を海外に出すような消費の選択をしたのはそこに働いていた人一人一人である.国内にハードを作る工場がある意味についてはすでに述べたように国内で供給できない(足りない)エネルギーを買う資金(外貨)を得るためである.ショッピングモールのような内需型産業はこれまでに貯金した国内の富を海外に出すだけである.この国はどこへ行くのだろう.

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文化とは

日本、先進国から脱落?…経団連の研究機関予測(読売)
なる報告書が上がってきたとのこと.今のような経済にした張本人である経団連が何を今更,と言う気もするが.ネットでは先進国から脱落したら何が悪いのか,と言うコメントが見られる.簡単に言えば今のパソコンやケータイやデジカメのようなデジタルツールに囲まれた生活をできなると言うこと,途上国の生活レベルや賃金レベルに落ちていくと言うことである.外貨を得る手段であった工業製品による収入が減るので国内でまかなえないエネルギーを十分に買えないからだ.つまり,国内にあるエネルギーだけでやりくりしなくてはならない.鎖国をしていた江戸時代のようなものである.何度も繰り返すが,今の生活レベルは地球が何億年もかけて貯金した,採掘のエントロピーが小さい化石燃料を利用しているからで,そしてそのエネルギーを先進国になることで優先的に利用することができた.太陽からのエネルギーだけで世界中の人がやりくりする時代になったら,中世の時代の生活レベルにしなくてはならない.その時代に日本には武士は食わねど高楊枝という文化があった.

○富士フイルム季刊誌「FILM&IMAGE」VOL.27
自分が生きてきた時代というのは、残してきた写真で確認するようなところがありますからね。

「B層」グルメに群がる人(産経)
「これが私の作品です」と一端の料理人のような顔をしている素人が増えている。これはグルメだけの話ではない。社会全体にB層的価値観が蔓延し、それを資本が増幅させている。その結果、一流と三流、玄人と素人、あらゆる境界が失われてしまった。こうした社会では素人が暴走する。

最近流布の「三丁目の夕日症候群」批判に反論(ポストセブン)
今の人は、携帯電話やゲームといった生活を便利、快適にするものにしかお金をかけません。心を耕すことに興味を持たない“非文化大国”になってしまった。これは20世紀後半からの先進国全体の傾向といえます。その中でも日本は突出しているように感じます。

デジタルツールのおかげで自己主張の場が一般の手にも渡ったためにポップカルチャーが”文化”を凌駕した. そしてそのデジタルツールが先進国にもたらしたのは先進国が先進国たらしめてきた工業技術を後進国に手渡して途上国のレベルに下りて行かざるを得なくなったことを述べてきた.先進国はアナログ技術という訓練しなくては上れない登山道を切り拓いて頂上を極め,さらに隣に高さはどっちが高いのか分からないデジタル山を極めようとルート開拓したらデジタル山は難易度の低いルート(モジュールとアセンブリ)が切り拓けてしまい,登山人口の多い(人口の多い途上国)銀座コースができてしまった.アナログ山のルートは廃道になりかねない.例えるならばこんなところなのかもしれない.人はなぜ山に登るのか,と言う問いに対し,マロリーはそこにあるから,と答えたと言うがこれは難易度の高い処女峰としての山がそこにあり,自分がパイオニアワークを成し遂げると言うことを意味していた.そこにあるから,の意味を分からずに使ってるとその背景を知ってる人から見ると恥ずかしい人だな,と思うだけである.継続性が文化を形成する要素であるが,うつろいなデジタル時代のポップカルチャーはこれまでの文化とは少なくとも質を変えており,”文化”はこのまま"廃道"になってしまうのだろうか.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず



おいしいお菓子

ここ数年,指名買いしている余りメジャーではないけど個人的においしいお菓子を紹介します.いずれも一袋200-300円前後なので安いお菓子ではありませんが,大人買いするに足る味です.

【北海揚】オタル製菓
かりんとうというジャンルに入るお菓子です.黒糖の味より,ゴマの味が強く,かりんとうにありがちな甘みの強さがないので,食べ出すと止まらなくなります.どうも最近内容量が減量されたようで,実質値上げされたことになります.ベルクやベイシアで買えます.

【みっちりごま】根本製菓
ごませんべいというジャンルに入るお菓子です.一枚の大きさが手のひら位はある大きさですので,食べるときは割って食べることが必要です.こちらもゴマの風味が強く食べ飽きないおせんべいです.ジョイフルホンダで買えます.

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究極の工業製品

電機メーカの決算が発表され,いよいよこの国のこれからへの危機感が高まってきた.

アップルの隆盛と雇用喪失(Diamond)

世界で最も速く凋落する日本
2012年はささやかな“最後の春”
(日経BP)

引用している記事はいずれも経済記事なので現状への認識は当方と同じであっても,その原因への見方は異なる.現状認識についてはここで2006年以来述べ続けてきたことが2008年のリーマンショックでいよいよ先進国に住む誰もがそれを現実と認識しなくてはならなくなったことに対してである.前回デジタル産業の中核をなすソフトに関して考察したので,今回は生産技術に関して考察する.

ISO9001に代表されるように,工業製品の製造においては究極的には素人が製造ラインに立ってもすぐにそれを習得できることは理想である.この考え方が普及してから業界が立ち上がったデジタル産業はその点で優良児になろうとしている.ライン工の能力が低かったり,生産向上への意欲がなくてもできるような生産工程になっている.

一方,工業製品の反対側にいる製品,工芸品である.こちらは職工さんの能力が低かったり,意欲が低ければ製品として成り立たない.歴史的に見ると,工芸製品から出発し,アナログの工業製品になって,それが現在デジタルの工業製品となった.その過程でだれでも作ることのできる製品,究極の工業製品へ近づいてきた.つまり先進国が先進国たらしめてきた工業技術というのは生産技術によるところが大きい.必要は発明の母と言うが,ニーズを実現化するためにある程度の能力を持った人数の技術者と生産技術が必要なのである.ところが,デジタル革命以後,部品のオープンアーキテクチャ化やモジュール化と相まってコンピュータがその一部であっても代わりをできるようになってしまった.つまり,アナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めて初めて作れた工業製品は,デジタル製品ではそれらを省力化できるために先進国でなくてもよくなったのである.アナログ時代の途上国への工場シフトは現地の労働生産性の低さゆえに頭脳の流出にまでは至らなかったわけである.デジタル製品にこだわる限り,わざわざ賃金の高い先進国の産業としてはもはやなりたたなくなったのである.アナログ時代の貯金で今の位置を築いた賃金の高い先進国は,自分でまいた種で自分の首を絞めている.またこれらデジタル製品が昨今求められる環境性と本当に調和しているのかについてもかつて述べた.2012年はこの新しい工業技術が自分らのためになるのかを考える最後の精神的にゆとりのある年になるかもしれない.

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デジタル時代のゲームのルール

「Androidで誰がもうかるのか?」――誰かがもうかるルールの下でゲームをしよう! より

・現在のところ、そうしたチューニングが功を奏しているケースもなくはない。しかし、いずれこの差はなくなっていくだろう。フィーリング向上の方法論が分かってしまえば、どのメーカーも同じような工夫を盛り込んでいくはずだ。
・Android端末で大もうけをする企業が生まれない理由は、「ハードウェアで大きく利益を上げられる企業が“存在できない”」からだ。
・現在のAndroid端末市場は、ワールドワイド全体を見るとハイエンドとローエンドにニ分化されており、ミドルレンジの市場がつぶれてなくなりかけている。
・そして、落ちた価格は新製品へのモデルチェンジによってしか回復しなくなるため、好評であったとしても毎回デザインを新たにして、生産工程を一新させなければならなくなる。
・つまり、Androidのような競争環境では、メーカー間で市場を細分化し、自社製品の先鋭化と多機種化によって細分化し、さらにモデルサイクルが早まることで1台当たりの製造台数を減らしてしまっている。


デジタル産業化はハードに依存する部分をソフトで制御することで,胴元であるメーカの支配率が低下した.これによりアナログなものづくり時代に必要だったハードを介さず,パソコンをベースにソフト的に”カスタマイズ”できることで,なんとなく"機械をいじってる感"をユーザが持つことができたことこのガジェットの流行の理由と思われる.課題先進国で述べたように,製造業は多くの雇用と多大な付加価値によって先進国に富と繁栄をもたらしてきた.しかし引用にもあるよう,胴元がいなくなったことによるカオス化が先進国におけるものづくり産業の衰退をもたらしたのであろう.価格を上げるという選択肢で述べたように少ない胴元の支配を離れたことで新規性を追い求める時代や製品の限界があっという間にやってきてしまった.この結果先進国が先進国たらしめてきた工業技術を自らが放棄して,途上国のレベルに下りて行かざるを得なくなった.先進国に住む多くの人にとっては悲劇の時代の到来である.しかしそういう社会になることを推進したのは自身の仕業だ.こういうのを物理では作用反作用の法則という.

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鉄分を取った一年

2011年も終わろうとしています.今年は地震という天災によって,この国の変化点となる年となったことは後世の歴史家の見解を待たずとも今を生きながら感じ取れる年となりました.3月以来ここでそのことは何度となく述べてきたので,年の最後くらい明るい話で締めたいと思います.

JRでC61が復活運転を始め,高校生以来封印してきた鉄分不足が禁断症状の如く現れ,線路際に向かってしまった一年でした.そんな写真をみて,今年を振り返ることにします.
信越線を走るC61(7月)
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SL重連(9月)
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吾妻山(10月)
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貧困のグローバル化

これからも日本が工業立国としてやっていくにはどうしたらいいかを考察してきた.先進国での現状を考察したサイトをいくつか見つけたので引用する.

テクノロジは雇用を破壊しているのか?(TechCrunch)より

・この10年で合衆国に起きているのは、経済成長に、本来なら伴うはずの雇用の成長が伴わないことだ。これまでは、生産性の向上と雇用の増加は二人三脚だったが、今やそうではない。


グローバル化でなぜ格差は拡大するのか(JBPress)でも

・特に製造業は新興国に生産拠点を移し、米国内の雇用は減っている。1990年以降、アメリカで創造された2700万人の雇用のうち、実に98%が非貿易財(国内のサービス業)によるものと推定されている。
・他方、新興国では賃金が上がり、先進国との格差が縮小する。多国籍企業の海外子会社からの収益が還流するので、先進国の株主や経営者は豊かになり、新興国からの資金流入で金融機関が高い収益を上げる。この結果、先進国の格差が拡大するのだ。
・それがかつて起こらなかったのは、新興国の労働生産性が低かったからだ。新興国の賃金が低くてもトラブルや不良品などが多いと、労働生産性で割ったコスト(単位労働コスト)は高くなる。


これまでにも失われた20年で中国をはじめとする賃金の安い経済が世界へ進出し世界中の労働価格が値崩れしたことを述べてきた.産業のデジタル化でこれら途上国が先進国入りしなくても作れる工業製品が普及し,彼らがそれらを買える社会となったのだが,さらには先進国の消費者が安ければいいという消費行動によって先進国以外で作られた製品が先進国に流入し先進国での工業生産を衰退させてきたわけである.たとえばフィルムカメラの場合,フィルムが消費国である日本で製造され日本で現像され,当初は安い新興国製のカメラだったものが国産の(アナログ製品は生産技術の理由で品質管理が必要のため上級製品は国内に残る)上級カメラに買い換え,と言うサイクルが回ることで国内に金と雇用が回り続けるのに対し,新規性が正しいデジタルは連続性より新しい革新を求める..つまりグローバル化はデジタル産業なくして達成し得なかったわけであるが,その行く先は先進国が先進国たらしめてきた工業技術を自らが放棄して,途上国のレベルに下りて行っていることを意味し,貧困のグローバル化にデジタル製品が寄与してきたと見ることができる.熱力学第2法則でも熱は高いところから低いところへ移動することを教えているが,見方を変えれば,引用したコメントにもあるように,これまでは熱力学に反して低いところから高いところへと向かっていた流れが,熱力学に沿った自然な方向へ向かうシステムが構築されたのかもしれない.貧困のグローバル化,言い換えれば先進国の雇用を破壊した上で.


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課題先進国

課題先進国という言葉は元東大総長の小宮山氏が言い出した言葉で,これ自体は非常に日本の現状を的確に表現した言葉だと思う.ただし,その解決への手法は同意しかねることはすでに述べた.日本の抱える課題の一つである社会構造について以前にGDPと発電量の関係から産業構造と国内景気との相関について考察した.総務省によって調査される労働力調査という資料から産業構造と国内景気との相関を与える資料となりそうなので調べてみた.

内閣府統計局のHPに行くと昭和28年からのデータを拾うことができる.ここで公表されているデータをグラフ化してみた.
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やはり,デジタル化が進んだ90年前半を境に製造業の就業者数が減っているが,単調に伸びているのがサービス業であることが分かる.

もう一つの課題であるエネルギーは震災に伴う原発事故で一気に顕在化した.エネルギーについてはここでも述べ続けてきたが,原発後も流れが変わらないのは太陽光発電への見方である.

中国に奪われる太陽光市場、再エネ法では産業育成に力不足(日経BP)では下記のようなコメントがある.
・残念ながら日本企業の育成にはつながらない。市場が中国を初めとする新興国企業の増産を助けることになり、新興国企業がますます競争力を高めることになる。中国企業の産業振興策になりかねない。しかも、国民の費用負担を伴う。

どこかの通信会社のトップが太陽光発電のアドバルーンを上げてみたが,面積効率の低さに始めて見て気づいたのかさっさと看板を下ろし始めたのはご存じの通りである.さすが宣伝のためなら何でもやる会社だけのことはある.商人はよそから安く買って高く売りつけることしか考えない.それでどうやって先進国としての立場を維持していくのだろう?太陽光はそのエネルギー密度が低いため,それを直接使うことは効率が低い.現在のエネルギーを支えているのは低いエネルギー密度を時間で積分することで貯金した化石エネルギーを使う方法を見つけたことによって支えられていることをすでに述べた.これからの社会で求められるのは,より効率の高いエネルギー変換方法と利用方法であろう.効率の高い利用方法とは生活レベルを維持した省エネだけではすまない可能性があることも述べてきた.ちょうど政府もエネルギー白書2011として国民へ今後のエネルギーへ意識改革を求めだしたのも,先延ばししてきた課題が今回の震災や世界的な金融工学を元にした新自由主義の破綻でこれまでの貯金の底が見えてしまったことに気づいたことが原因であろう.
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価格を上げるという選択肢

日経エレクトロニクスの記事より
・しかし、取材を始めてみて、その考えがいかに甘いものであったかを知らされました。日本の部品メーカーが強かったはずの分野でも、海外メーカーに押されてきているのです。
・もはや、大量生産・大量販売の従来モデルでは日本メーカーは立ちゆかないことは明白です。

日経さんは17年前の予言技術者の誇りで新規性を追い求める時代や製品の限界を述べている.しかし,高機能製品に価格上乗せが許されるのは,モノとしての所有欲や使うことで愛着の増すアナログな価値観のある製品であって,現在主流となったモデルチェンジが早く陳腐化が進むデジタル製品が普及するに至って,消費者は安い商品になれてしまったのでそのような試みが成功するのは一部のデジタルマニアがお布施をいとわない商品群だけであろう.かつては先進国に仲間入りしなくては作ることも買うこともできなかった技術が,デジタル化でそれを果たさなくてもできるようにしてしまうというパンドラの箱をわざわざ先進国が提供し,国民一人一人がそれを広めたのである.そしてそのような飽きっぽい製品の普及がエネルギー消費量を増やしてきた可能性について過去に述べた

引用した記事にもあるように,日本人が日本でこれから先も生きて行くには今の延長線に解がないだろうというのがだんだんとコンセンサスになってきたように思う.自分に都合の悪いことに不愉快と思って目を背けるのでなく,そろそろ国民一人一人が将来の日本の姿にきちんと向かって頂きたい.

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船窪~野口五郎間

裏銀座と針ノ木の間のこの区間は,北アルプスをほうぼう歩いた人が歩くエリア,と言われる.自分もついにその域に達したのかと言う感がある.稜線が森林限界の下にあるため,北アルプスらしい稜線歩きができないことや,稜線歩きながらアップダウンが大きいことが原因であろう.本来は,昨年このエリアを歩くはずだった.針ノ木雪渓を登り,竹村新道を湯俣まで下る予定だった.ところが,昨年は酷暑と言われた年でありながら,お盆の週に限って天気が芳しくなかった.その週に入山したため,天気図が変わることを期待しながら針ノ木雪渓を登ったが,やはり好転せず,船窪から七倉に下山したのであった.そこで,今年はそのリベンジを図るべく,七倉から入山し,湯俣へ下山することにした.

今年の夏は下界にいてもスカッと晴れることがないのは実感できていた.これは山に入っても同じで,大気中の水蒸気が多いことが原因のようだ.

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それでも,今年は昨年の逆でお盆の時期が一番晴天率が高くなったようだ.とはいえ,湿度が高いため,10時にはガスが上がってきてそのまま夜までガスった天気が多かった.
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 写真はないが,南沢岳を下りきった鞍部のあたりでクマさんと遭遇してしまったようです.カラスがガアガア鳴いていたので何かと思って沢の方を見たら,中大型犬くらいで前に白い月マークのある黒い動物でした.その時は野犬かと思い,襲われても抵抗できるようステッキを短めにして準備をしたのでした.実際,船窪~烏帽子間は道の脇に比較的大きなフンを何度か見掛けており,烏帽子の小屋で管理人に聞いたら,野犬はいないけど,クマならいるとのことでした.しかし今まで人と接触した例はないとのことです.考えてみれば野犬なら群れで行動しますね.また烏帽子の天場は,池塘が近いため蚊が非常に多く悲惨でした.シベリア当たりのように5,6匹の蚊がまとまって顔に向かって襲ってきたりで,飯炊きもままなりませんでした.これほど蚊が多いのは種池以来です.
 あと船窪新道にしても竹村新道にしても,3大急登なんかに比べ長く急登が続くため,また使いたい道かというとそうとは言えないのが実際のところだと思います.



想定力

地デジ化で視聴可能局減る徳島県民「何のための地デジ化?」

地デジ化直前になっていろいろ課題が表面化した.地デジ化はデジカメ同様に解像度は上がったが,階調表現は低下しているは,FM受信機の共用性やデジタルである故に起動に時間がかかったり時報ができないこと,閾値以上でないと受信できない問題のほか,移行期間が十分でないことに起因する課題として,アンテナ設置の問題や,一度に発生することになったブラウン管テレビの処理の問題もある.これらが今頃顕在化するのも以前から述べているよう結論ありきで都合の悪いことに思考停止してきたことが原因の一つである.特に技術者の場合,最悪の事態を思索しそれを検証するのは基本中の基本である.それができなくなってきたのもブログやツイッターで人受けのいいことを数行だけで発信する癖が付いてきてしまったのも要因の一つと考えられる.関連して,今週の日経ものづくり,日経エレクトロニクスは”想定力"がテーマとなっていた.

求められる“想定力”

原発事故とソニー事件

想定力は原発や地デジ化に限らない.先日発表になった経済財政白書も同様であろう.昨年の産業構造ビジョン同様,あくまで今の産業構造の延長に解を求めている.しかしこの10年のデジタル革命によって,産業が国内から流出しゼロ成長になっていることは生活実感としても誰もが感じていることだろう.失われた20年間で作られた”安ければいい社会”が現在の閉塞感をもたらしている原因の一つと考えることができるが,安かろう悪かろうにならない工業製品があふれるようになったのは,デジタル化で知識の集積を必要としなくなったため後進国でのものづくりが容易となったことによるものである.しかしそれを享受できるのもバブル崩壊以前のアナログ時代の貯金が残っているうちで,底を突いたら年金暮らしもオシマイだ.これらの因果をきちんと自分の将来のこととして最悪の事態を想定し,今の生活スタイルを維持し続けたらどうなるのか,将来を考えた行動に切り替える時代が向こうから急速にやってきてしまった.この国の国民性である都合の悪いこと,面白くないことには思考停止に陥る茹でガエル状態から目を覚まさないとギリシャやスペインのようになる日が早まってくるのではないだろうか.



KMのフォトスイッチ

昨年末より開催場所がグリーンドーム変わった中古カメラ市であるが,最近のハードオフ巡りでは流通品が90年代以降のAFカメラが主流になってきて触手が動くことが減ってきていることから余り期待せずにいた.この時代のカメラは溶着が多く,FPCが張り巡らされているため直しようがない.またカメラとしての普遍的価値はキンゾクカメラにあると思われるので触手が動かないのである.そんな中で,今回KMを確保した.この時代のカメラに多いプリズムの腐食が認められたので,二個一にするSPもあわせて確保する.写真を見れば分かるようにマウントを変更しただけでその他はほとんどそのままである(この写真はKマウント化でマウント口径が大きくなったのがわかりやすい).ニコンで言えば,ニコマートELとニコンEL2の違いに似ている.
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これは実際に軍艦を開けてみればその事実がよく分かる.SPが64年の発売,KMが74年,そしてKMを一部変更したK1000が97年まで作られていたから,SPの基本構造で33年も持ったことになる.今のデジタル製品では考えられない製品寿命である.
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さて,KMがSPと異なるのはマウント以外にフォトスイッチがある.これはレンズキャップを開けた瞬間に露出計のスイッチが入るというものであり,CdSは暗いときの抵抗は大きく明るいときに小さくなるのでスイッチなど入っていないと思っていたが,キャップを開けた瞬間,針がニュートラルの位置から一度振れるので気になっていた.今回プリズム交換がてらチェックしてみると接眼レンズの上にSPでは見られない受光素子があることが分かる.これがフォトスイッチである.
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このカメラは機械式シャッターのため写真を撮る本質の動作に電気は必要としない.電池を使うのは露出計の部分だけで,それとてボタン電池1個で何年も入れっぱなしにしてようやく交換する程度の電流で,それすら気にして設計したエコな時代の製品を見る気がした.よほど今のデジタルカメラの待機電力の方が大きいし,なによりKM電池交換する頃にはデジカメ一台の製品寿命が終わっているであろう.

Kマウント化されたKシリーズの広告を見つけたのであわせて載せておきます.
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脱原発と電力確保のトレードオフをどうするか

表題の記事を見つけた.

 原子力発電を使いこなす技術が未熟なのに都合のいいところだけを大本営発表して不安全なまま使ってきたことが今回露呈してしまった訳であるが,一方で電力ユーザである国民の多くは知らないから考えない,知らせなければ考えない,考えると面倒だから考えない,このサイクルでこれまでの安いエネルギーが成り立っていたことを知ろうとしないで原発立地域に潜在危険を押しつけ,電力使用量を増やしてきたことは反省するべきである.一事が万事でこちらでもデジカメ絡みで見られる.

・それまでに自分が正しいと思っていたこととまるで正反対の正しい情報に触れる機会が幸運にもあったとしても、それまでに正しいと思い込んでいた情報と冷静に比較ができず、これまでに慣れ親しんだ真逆の情報が正しいと自分に無理やり思い込ませる。
・正しい情報を知ろうとしない素人がそういう構造を作り上げているんです。メーカーの人たちは消費者に合わせてるだけ。なんでこんな馬鹿げたことが起こってるかって、消費者がそうさせているからです。


 同様に表面的な都合のいい情報だけが多く流されて続けてきたのがオール電化であり,それに最近取って代わったのが自然エネルギーであろう.オール電化は出力変動できない原発の深夜余剰電力を消費させたいので安く提供しているだけだし,自然エネルギーの本丸の如く扱われる太陽光発電に関しては発電機でありながら脈動するわ計画発電できないわにもかかわらずその傾向が顕著になっている.これらの陰に潜む本質は一次エネルギーの流れである.なぜならその発電機である太陽光パネルを作るのに,1cm角のデバイスを作るのに使う技術で1m角のパネルを作るため多くのエネルギーを先行投入しているからである.特に一次エネルギーの代表である石油はエネルギーだけでなくプラスチックをはじめとする材料への利用も可能であるが,一方でこれが生成されるまでにかかる時間が人間のライフスパンよりずっと長いと認識されている.太陽からの熱量をもとに微生物が腐敗され地球誕生から何億年もかけて蓄積されてきたから今も生成はされているだろう.ただし現在ではその生成量より消費量の方が多く,産業革命前までの貯金で暮らす年金生活者である.そしてこれまでのように安く採掘できるところは減ってメキシコ湾海底油田のようなコストがかかりそうなところを採掘せざる得なくなるだろうと言うことは分かってきている.
1736608664_192.jpg電気事業連合会より引用

 現在の内燃機関や石油化学は,石油の掘削から精製過程そして利用までの変換過程でのエントロピーの小ささと石油のエネルギー密度の高さ(例えば現在もてはやされているリチウムイオン電池の約100倍の体積エネルギー密度)に依存するもので,石油代替エネルギーやプラスチック代替材料または新しいライフスタイルをそろそろ見つけておかないとそのツケは計り知れない(化学,機械,電気エネルギーの相互変換の際に発生する損失が大きい).ランニングコストは安くとも,製造にかかるエネルギーが大きいデジタル家電の普及を見れば分かるように,まだまだ使えるのに古くさいというイメージ戦略が成功すれば流れが付いてしまうのだ.ライフサイクルでのエネルギーコストを考えずに.そしてデジタル家電の行く末は常に安ければいいだ(そのデジタル製品が安く作れるのはパラダイムシフトで安い賃金で作れるようになったからである).その結果その新しく作られたブームの担い手は日本から去っていく.これは身近の例であげてみれば上の図に示されるようにデジタル製品の普及し始めたIT革命以後の民生部門で消費電力が増える一方,そのデジタル製品は国外で設計製造されるためGDPは増えていないためこの国の富は海外に流出する一方となっているために生活が明るくならないのであって自業自得である.GDPと発電量で述べたように,今求められている消費電力以上の-20%の時代はバブル崩壊後の92年に相当し,デジタル製品に囲まれていないこの頃が今より不便で心の充足がない時代だったのか考えてみるべきだろう.

 明治維新,戦後復興は国民一人一人がこれからの社会ビジョンを共有できていたというが,これまでのようにバブル以前の貯金で暮らしてこられたゆでガエル国民一人一人が都合の悪いことに対し思考停止なってしまうようではギリシャやスペインのようになる日が早まってくるのではないだろうか.ラテン系な彼らは思考停止になると言うより,都合の悪いことを思考できなかったのかもしれない.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず



Baumケース

ケータイが普及し始めた2000年頃まではまだ端末を大事にする気がある人が多かったのかケースに入れたまま通話できるタイプのケータイケースが店で売っていたものだが,最近売っているのはスマートフォン用だけである.スマートフォンが流行り出すちょっと前はそんなケースすら世の中から忘れ去られていた.カメラも同じで道具としての価値をもっていたフィルムカメラの頃は,革でできたケースに入れて保管/持ち歩く人も多かった(もっともこのケースに入れてタンスの中に保管するとカビの原因となりやすい).かつて売っていた折り畳み用のケータイケースなどは伸縮性の生地をベースに画面側は透明樹脂フィルムになっていて使い勝手と機能性を維持したものがあった.その後折り畳みばかりになったが,使ううちに折り畳み型は着信時に2アクションになるためストレート端末の方が使い勝手がいいと再認識し,好んでストレート端末を導入するようにした.しかし汚れが目立ちやすいと言う欠点があった.そこでこのようなケースを見つけ使っていた.
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しかし,このケースを使うと通話の際ケースから出さねばならずストレート端末のメリットである1アクションで使えうという特性を台無しにしてしまうため,結局裸で使ってきた.半年ほど前,機種変で入れ替えた(ツールでしかないデジモノは自分も長く使う気にならない)ストレート端末を屈んだときに落としたのをきっかけに本格的にケースを考え出した.しかしケータイショップなどを回っても都合のいいケースは売っていない.売っていないなら自分で作るしかないと次のようなケースを作ってみた.
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はじめの2つはダイソーで売っているメガネケースがちょうどいいサイズだったので液晶のところだけくりぬいてみた.しかし端末サイドにあるキーロックスイッチやメールを打ったりするのに難があり,3番目のようなモノを作ってみた.
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これもダイソーでソフトカードケースと言う名で売っている数枚ものの書類などを入れるケースを基にした.適当なサイズに切り出し,側面を熱溶着させ,キーロックスイッチのところに切り欠きを入れた.これで通話もMailもこのケースに入れたままで使えるため,いまのところこれが1番使い勝手がいい.ダメになってもすぐに作れる.



GDPと発電量

今回の震災でACのCMが大量に流されているが,その中で継続することの重要さを訴えるものがあった.震災を計画停電という形でしか被災しなかった関東圏の人も,その計画停電の一時停止によって喉元過ぎれば熱さ忘れる時期になっていると思われ,それを見計らって流したものと考えられる.飽きっぽい今の時代に継続の大切さについて大いに同調するところである

また夏のピーク電力を前に電力使用量規制を産業界に要請している.福島原発の東電の発電量が占める割合は20%程度であった.つまり東電管内では 80%の電力で今後まかなわなくてはならないということだが,震災前の80%能力がいつ頃だったかを調べてみた.すると92年頃だったことが分かる(これは経産省のエネルギー需給実績にも1990年に比べ約30%家庭でのエネルギー需要が増えていることを報告している).ちょうどバブルがはじけたと言われた直後の頃だ.少なくとも心理的には今よりよほど景気がよい時代であるし,GDPの値としてみても大きく変わらない.にもかかわらず使用量規制をしなければならないというのはどういうことだろうか?そこで国内名目GDPとの相関をグラフにしてみた.
GDP発電量

これから,GDPはIT革命が起こったとされる95年(即ちWindows95が発売された年)頃まではバブルの慣性で増加しているが,それ以降はゼロ成長となっているのが読み取れる.この辺は生活実感とほぼ一致するところであろう.更に詳しく見れば,80年代後半はGDP増加率の傾きが増加しているのに発電量の伸びはそれ以前と余り変わっていないことから省エネが進んだ時期と予想できる.逆にIT革命以後はゼロ成長にも拘わらず発電量が増加しており,エネルギー利用効率が悪くなったと言うことである.つまりIT革命はペーパレスとか言われているが,実際には環境には優しくなかったと言うことである.IT革命=デジタル革命と言い換えることができるが,デジタル産業が国内産業にもたらしたのは,アナログな製品ではノウハウに依るところが大きいため安かろう悪かろうな製品となるところが,デジタル製品では生産技術を不要とするため安かろう悪かろうとは必ずしもならないため生産現場が海外に流出しこの国に富を生み出さず,さらには製品寿命の短い製品群である.その結果国民は安ければいいという消費行動に走り,製品への愛着もなくなっている.これまでに引用した日経 TechONの

「新規性」こそが価値というモノや情報は,時間がたつことで陳腐化する。買っても買っても次々に陳腐化し,ゴミになっていく。(17年前の予言)

愛着には時間で目減りしにくい、いや逆に時間とともにむしろ価値が増すという嬉しい性質があります.(技術者の誇り)


という言葉が重みを増してくる.

政府も震災を機に新しい日本を作るとか言っているが,具体的にそれがどういう社会を想定しているのか明らかでない.震災前に顕在化していた諸問題の延長線上にない社会,と考えるとバブル以前のアナログ時代の貯金の惰性で来られた失われた20年間で作られた”安ければいい社会”を変えることになるが,そのような変化を今の便利さを優先してきた国民が素直に受け入れるのだろうか.しかし,きちんと自分の将来のこととして最悪の事態を想定し,将来のためを考えた行動に切り替える時代が向こうからやってきてしまった. この国の国民性である都合の悪いこと,面白くないことには思考停止に陥るのも治していかなければならない.



震災後のモノづくり復興、6つの条件

今週の気になった記事より
震災後のモノづくり復興、6つの条件(日経ビジネス)

・省資源(材料、部品の構造をより簡素に小さく)、省エネ(電力、石油の消費をより少なく無駄なく)の「最適な生産プロセス」を徹底的に追求することが重要です。モノのありがたみを知った今こそ、我々はモノづくりの本来の姿を見つめ直す、機会を迎えているのです。
・出来上がった製品を使う方もそうです。いまは昔のように、自分のカメラを「愛機」とは呼ばず、自動車も「愛車」ではなくなりました。これは人の琴線に触れるモノづくり、すなわち「心」を意識したモノづくりが、合理性(効率やコスト重視)という名の下に、排除されてきた結果です。世の中に無味乾燥な製品ばかりが出回り、モノと人とのつながりが薄くなってしまったのです。
・合理性、デジタル化に偏ってしまった今だからこそ、一見すると非合理的な「心」やアナログの部分を大切にすることが、日本のモノづくりを復興させるための決定打になるはずです。


今回の震災は,産業ベースではグローバルスタンダードに付いていく事の是非を,消費者ベースでは生産技術を不要とするため生産現場が海外に流出しこの国に富を生み出さない製品寿命の短いデジタル製品に囲まれた生活の是非を考えるだけから実践に移すことまで踏み込まないと,失われた20年を過去の貯金で暮らしてこられた年金生活者のようなこの国の将来が一気に危うくなる瀬戸際に連れ出されたように思える.アナログなものほどノウハウに依るところが大きいので,安かろう悪かろうな製品となり人件費の高い国内産業として生き残れるのである.一人でなく,一人一人が行動して米国家経済会議前委員長ローレンス・サマーズ氏の「誠に残念ですが、日本は貧しい国になるでしょう」を現実とならないようにする意識が高まることを期待している.後世の歴史家が今回の大震災は,楽観的に先送りしてきた問題突然死として衰退する日本にとどめを刺したと総括することが現実とならないよう.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず